ようこそ片隅へ・・・ ここは、文学の周縁と周辺を徘徊する場所。読書の記録と、文芸同人誌の編集雑記など。

2011年1月12日

贋顔団(マルセル・シュオブ)

「贋顔団」は、マルセル・シュオブ著「乱世綺譚集」(エデイション・プヒプヒ)の第2篇だ。

映像として、「ベルセルク」を思い描きながら読んでいた。

荒廃した中世のフランス、それは、長すぎるほどに長かった戦争、百年戦争がようやく終わった後のことだ。おとずれたはずの平和とは、すなわち武器を携えた荒くれた兵たちが行き場をなくし、暴虐を尽くす世界だった。それは戦時よりもなお民衆を苦しめた、とはいわない。戦時にもやはり暴虐はあっただろう。
だが、今起きているのは、放り出された兵たちだけの暴虐ではなくなっていた。
 道化役者や遍歴詩人、あるいは手回し風琴師に混じって坊主崩れの風来坊も徘徊していた。そうした輩は着替えを持たず、ずたずたに胴着の襟元に飾り襟をあてている。そして足首を挽かれ眼を抉られた見窄らしい子供を一人か二人連れていた。これは見世物用で、手回し風琴を奏し道行く人の憐れを誘うのである。見物衆が集まると癲癇の真似をして仰向けに仆れ、顳顬や手で地面を打ち、うすのろ神の畜生めと叫び泡を吹く。その隙に相棒が女たちの帯の結目を切り、留め金めあてに時祷書を奪った。
そして、贋顔団が現われる。
贋顔団とはようするに仮面をつけた盗賊団だ。
 彼ら夜の男たちは、珍しくも気味の悪い一つの習性において異彩を放っていた。顔が仮面で覆われていたのである。鼻がつぶれた唇(くち)の紅い贋顔のものもいれば、あるいは長い湾曲した嘴を突き出し、あるいは禍々しい口髭を蓄え、あるいはけばけばしい顎鬚を合羽の上に伸ばし、あるいは眉と口のあいだに一本の黒い筋を掃き、あるいは上着の長袖を頭の上で結んで被り、眼と歯が見える穴を開ける者もいた。
さて、このとき、ではなぜ彼らは仮面を被るのか、と訝しくなる。仮面を被って顔を隠すなら、それは身近な存在である可能性が高い。そして、この小説は、サスペンスになっていく。
 かような獰猛は領主にまま見られるものゆえ、仏王あるいは英国王、あるいは双方に叛いた貴族が一味にいると取り沙汰された。ために恐怖はいやましに募った。日中取り調べた者のうち誰が夜贋顔になるのか、いっかな知れなかった。
「いっかな知れなかった」というが、短い小説なら、じつは次の段落で一味を捕まえてしまう。そしてアラン・ブランバトンという首領の名を突きとめるのだ。
その次の段落で描かれる場面は、ビリー・ホリデイを思い出させる。
 マシュー・ガウは賊たちを豪奢な衣装と贋顔のまま路傍の樹に吊るした。異国の鳥のような姿が風に揺られる様を見に人々が集まった。猛禽がうなじに止まり仮面の裏の肉を啄ばんだ。かくてノルマンディーのいくつもの街道は、木の半ばの高さのところで風が吹くとぶつかり合う、彩どり豊かで恐ろしい革や布や鉄の顔によって縁取られたのだった。
そう、「奇妙な果実」が成る木々が並ぶ。
するとまたしても、ここに謎が提出されている。なぜマシュー・ガウは、彼らの顔を隠したのか? という謎だ。それが、ひとびとを恐れさせた贋顔団であること、贋顔団はすでに捕縛され、こうして首をくくられている、平和はやがて訪れる、という、手柄の誇示ともとれなくはないが、なにかがわだかまる。
 そうしたある日、ルーアン・バイユー両地方の将帥アラン・ブランクベイト卿の到来が告げられた。城内の人々は歓迎のため最も豪奢な衣装を纏った。クリュイ広場に群集が集まってきた。マシュー・ガウも真紅のローブ、緑の帽、毛皮で縁取られた手袋を身につけた。
おやっ? と思うだろう。それは、私たち読者に限るまい。そう、マシュー・ガウだって、その類似に気づくはずだ。「かような獰猛は領主にまま見られるもの」なのだから。
だが、ここで、ひっかかる部分がある。
 そして、マシュー・ガウは石段をゆっくりと上りつつ、謀叛の方が入った、戒厳体勢を敷けと命じた。また、ルーアンとバイユー地方の将帥アラン・ブランクバット卿が信頼できる使者を遣わし欠席を伝えてきたゆえ、祝賀儀式の衣装は即刻着替えるようにとも。
まことに残念なことに、これを翻訳の不備ではないか、と、疑ってしまう。ルーアンとバイユーの将帥はアラン・ブランクベイトなのかアラン・ブランクバットなのか、と。だが、なぜ、わざわざもう一度それらの土地の将帥であることを書いているのかと、そこに疑問を抱くなら、おそらく、これは翻訳の不備ではなく、もともとそのように書かれているのだろうと思える。そう、仏国と英国は百年戦争を終えている。
 囚人が息を窒らせたと見たマシュー・ガウは、竈のもとに運ぶように合図した。男は意識を取り戻したらしく、緩やかに息を吐いた。するとマシュー・ガウは、炎に照り映える金の仮面を黒い贋顔の上に覆いかぶせるようにして低い声で語りかけた。その英語を拷問官は解さなかったが、囚人が腕と脚をりっしん慄わせるのを見た。だが男はあいかわらず黒い仮面の陰で押し黙っている。
ブランクベイトとブランクバットと、そしてブランクバトン、どれも、発音の違いに過ぎないのだろう。

ごくごく短く、アクションと呼べるような動きには欠けるけれど、描写ばかりの小説だ。
ちなみに、老婆心ながら、「ガンガンダン」じゃなくて、「ニセガオダン」だよ。

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