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2011年1月15日

今子と言う娘(西條八十)

西條八十の「女妖記」、最初の一篇「今子と言う娘」を読んだのだけど、期待はずれだった。
面白くない。
作詞家としても活躍した象徴詩人が、妖しい女を書くなら、たとえそれが自伝的すなわち私小説的な枠組であろうとも、女たちの描写に期待をしたのだけれど、この小説がかねて忘れられていた理由がわかったような、あるいはしょせん散文は下手なひとだったのだな、といった感想を覚えてしまった。

この「今子と言う娘」だって、けしてつまらないお話ではない。
自分がかつて愛し合った芸妓との間に生れた娘だと告げる今子との、数ヶ月の物語で、そのなかには、その芸妓・小蘭との恋愛譚も語られている。そして、それが「女"妖"記」の一篇であり、書かれつつあるなかでも、今子のあやしさは語られている。
それなのに、面白く読めない。これはどうしたことだろう。

結論から先に書いてしまえば、まず、物語を見れば、今子はあやしいのだが、そのあやしさは、あまりに凡庸だ。美しさがない。象徴詩人の面目はどこにいったのか、と言いたいほど、今子に魅力がない。
そして、なにより、文章(散文)の生硬さだ。
 車を下りて我家の門をはいると、ひとりの若い女が、玄関で女中と話している姿を見た。それが今子だった。清楚な白いレース襟のセーターに黒いスカート。
 うちの女中は、見知らぬ客はすぐ断るのだが、その女中はすこしおしゃべりで、今子がぼくの日常生活など訊いたので話が長びいた。そこへぼくがひょっこり戻ったわけ。
この書き出しでは、楽しめるわけがない。ふたつの段落の語尾、形容の凡庸さ・・・。
おそらくは、誠実であろうとして、起きたこと、覚えていることを、そのまま正直に書こうとして、彼がお得意としたはずの象徴性や、文章の修飾を極力抑えたのではないか、とさえ、勘繰られる。このとき、象徴や修飾にかんする幻想が露わになる。ズレることだが、では、それらを廃せばズレないだろうか? 象徴や修飾を抑えることが、ありのままに書くことであり、正直に書くことであり、そうすることでズレないという幻想がここにはあるのではないだろうか。
だが、西條八十は、自作の詩を文中に引用する。
  我が娘とねむる
わたしの抱くこれは
女ではない、
ゆくりなく海辺に見いでた
冷たき流木(ながれぎ)の墓である。
わたしに触れるこれは
肉ではない、
涯しない旅人の
足にからむ蒼ぐろき蓬(おどろ)きである。
夜半(やは)の、わが頬を、枕を、
さめざめとうつ黒髪、――
そのかをりに
わたしは甘き花を夢みず、
ただ祖先の太陽の、遠く、赤く、さむきを感ずる。
 なぜ、西條八十は、この詩をわざわざ引用するのか? 散文では書けなかったからにほかなるまい。
 ところで、彼女はその日記を持って来ないのだった。あまり貴重で、しまい込んであるし、それに今日突然訪ねて会えるか会えないかわからないので、持って来なかったとのことだった。
 ところで、それだけの話では、当然ぼくの胸には大きな疑惑があった。そこで、ぼくはこの見知らぬ少女の真剣な眼を見つめながら、いろいろ話して、真相に探りを入れて行った。ところが、彼女の知っていることと、ぼくの記憶とは、実にぴったり、――ごく細かい事実まで、一致しているのだった。
続けざまに「ところで」ではじまる段落、そのなかには、「ところが」といった接続詞もある。さらに、語尾の生硬さ。

もしかしたら、詩人であればこそ、むしろ、詩と散文の違いを意識しすぎてしまったのではないだろうか。詩のように、言葉を練ることもなく、浮かんだ言葉を素直に書きつけること、それだけが、散文だと、見下したような仕儀にも見えてしまう。
例えば、上記の小蘭との出会いの場面を見てみよう。
 そのとき、はじめてぼくは小蘭を見た。小づくりだが、好きな瓜実顔で、色白で、じつに聡明そうないい眼。踊りもうまかった。東京に戻ってからも、ながくその印象が残っていた。
これが詩人が美しい女を語る表現か、と眼を疑うほどの凡庸さではないか。
対して、事情説明になると、簡潔明瞭に、滑らかにやってのける。
 こんなことを書くと、三十六七にもなって、相手はたかが芸者だ。惚れたら惚れたでさっさと事を運べばいいだろうと、読者は考えるだろう。だがそう簡単には行かない。と言うのは、まずそれだけの芸者になると、たいてい土地にれっきとしたパトロンがいる。こっちはその土地の金で招かれてるんだし、よほど度胸をきめてからでないと掛れない。それに、ぼくは当時から、仕事と遊びを一緒にすることが嫌いだった。これは方針ではない、性分だ。仕事をしに行くときは、仕事だけして、報酬をもらってキチンと帰る。ずいぶん多くの土地を、晋平と歩いたが、女に溺れて流連したなんてことは一度も無かった。
ちなみに、ここにある「晋平」とは中山晋平。「招かれてるんだし」といった文節が、明らかにするとおり、すなわち、ほとんど口語なのだ。もしかしたら、この小説は、八十の語りを書き起こした、口述筆記でなったものではないだろうか? もちろん口述筆記だとしても、書き起こしたものをもう一度小説の形にするための工程を経ているだろうが、およそ、最初から文章で書かれたものではないだろうと想像される。

「ぼく」は今子を疑いながら、今子が語る過去が、自分の記憶のとおりであるが、「ぼく」の疑惑をぐらつかせていて、それがこの一篇をサスペンスに仕立てている。はたして、今子は「ぼく」の娘か? と。だけど、「ぼく」、というより西條八十は、正直に書きすぎている。たびたび今子への疑念を書きすぎているし、なにより、この本のタイトルを「女"妖"記」などとしているのだ。
いや、そうではない。サスペンスとは、ましてそれが一人称の過去語りのスタイルであるならばなおのこと、語り手より作者が、その答えをしりながら語っているのだ。
 名古屋に森一也君という、作曲をやったり、NHKの音楽解説をやったりする才人がいる。おまけにこの人はぼくが書いた物なら、詩であれ、歌であれ、散文であれ、なんでも辞引のように知っている。そのとき、ちょうど、現在浜松市に小蘭という声のいい、若い芸者がいるという話が出たので、ぼくがふと森君に、今子との奇妙な事件を話すと、森君は平然として言った。
 「先生。それはその娘が知ってるはずですよ。ぼくはその先生のロマンスを一度何かの雑誌で読んだ記憶があります。あれは、文芸春秋社から出ていた(話)だったか、はっきり思い出せないが、だいぶ前たしかに読みました。先生は例の通り、書きなぐって忘れちゃったんだ」
かねて、胸の中に秘めてきたロマンスだと何度も書いていながら、「例の通り、書きなぐって忘れちゃった」ことだったのだという。「例の通り」と森がいうなら、八十は、自分が書きなぐっては忘れることを自覚している。それをあえて書かなかったことで、この一篇をサスペンスに仕立てようとしていたのだ。今子をミステリアスに見せようと苦心していたのだ。
そうした工夫を凝らしていながら、あいにくと、下手な書き手だった。

さて、この先を読みすすめたものか、迷う。
できることなら、近松秋江の「黒髪」を愛する私としては、小蘭とのロマンスを、情感たっぷりに読ませて欲しいのだが・・・。

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