ようこそ片隅へ・・・ ここは、文学の周縁と周辺を徘徊する場所。読書の記録と、文芸同人誌の編集雑記など。

2010年12月23日

「木曜日」26号評

木曜日」26号は、今年の春に出した号だが、同人誌評があったので、書きとめておく。

星と泉第6号の「同人雑誌評(6) ひいては勁い日本語を」木井昭一氏筆



小梢「嫉妬」(『木曜日』No.26、さいたま市岩槻区)は、途中で最後はどうなるのだろうという期待やら不安やらをつよくいだいた。久しぶりのこと。また、所どころに張りめぐらされた感のあr伏線に接するたびに「嫉妬」よりももっと適した題名があるのではと思われた。
 主人公が厚化粧してからの何日かをえがしたシーン。そこで作者は、創作境にあそぶがごとくだ。――病床に腰をかけて、亭主の不倫相手と見る看護士に《背中を預けると》、彼女は《後れ毛も巻き込んだ太いバンソウコウを何のためらいもなくベリベリと剥がした。目に火花が散った。/廊下に出ると、会う人会う人が振り向いていく。〔・・・略・・・〕私は得意になった。昔から化粧映えする顔と言われていたのだ。》
 絆創膏をはがされる痛さを寸描にとどめ、改行して《廊下に出る》という場景への移りかた、達者としか言いようがない。創作境にあそぶと読めたのは、《五日後、私の顔は〔その看護士の〕住田さんそっくりになった。ついに眉毛を描かなかったのだ》の辺りだ。想像力豊かな読者であれば、ここで大笑いするのではないか。おまけに《夫がやってくると、目をくりくりと動かしながら……》と続く一節は、もう一種のブラック・ユーモアでは。二、三行からなる段落群も、遊びに十二分に寄与している。
 注目のラスト、《化粧映えする顔と言われていた》のが、実際は――。
たしかに、このタイトルはいただけないのだが、それには、ちょっとわけがあったりする。わけがあったりしても、それは読者のしらないことだから、批判の対象になるのは当然の仕儀で、わけがあるにしても、やはり魅力的なタイトルをつけるべきだろう。

しかし、誉め殺しのような、むしろ皮肉にも見える誉め方だなぁ・・・。

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