「乱世綺譚集」は、エディション・プヒプヒが発行している。翻訳は垂野創一郎氏。エディション・プヒプヒは、垂野氏が個人でやっておられるのではないかな? 「乱世綺譚集」も150部しか出していないそうだ。ちなみに私が手にしているのは、そのうちの88番。「乱世綺譚集」は、bibloitheca puhipuhi 8にあたる。
「パピエ・ルージュ」は、図書館で見つけた「十五世紀前半の年代記の断片」に表れた名まえに惹かれ、その人物を調べるお話だけれど、読み流せば、それは、ジプシーの魔法、異教徒の不思議の物語でしかない。
単純に物語だけを見れば、ジプシーの盗賊団が捕まり、首領をはじめ皆死刑になったが、首領の妻だったというひとりの女が、妖異をこらして逃亡しただけの話だ。
だけど、この小説は、その出来事をただ物語るのではなく、まず、語り手が、ほんの断片を見つけ、そこに書かれた名まえに導かれていくという構成があり、このとき、語り手は事件とか出来事ではなく、名まえに興味を覚えたという。まして、そこに書き留められた断片にはいくつかの名まえが出てきているのに、そのどれが語り手の興味を引いたのか、それを明かさないどころか、自分でもわかりかねる素振りなのだ。
この短い覚え書のどこが僕の好奇心をそそったのだろう。首領バロ・パニの名か、あるいは一四三七年のパリ郊外に出現したジプシーか、それとも余白に首領の処刑や女の逃亡と並べて書記の交代が曰くありげに記されてあったためか、いずれにせよ詳しく知りたい気持ちは抑え難い。すぐに図書館を後にしセーヌの岸まで出ると、国立古文書館で調査すべく河沿いに歩を進めた。ところが、バロ・パニと書記官メートル・アレクサンドル・カシュマレと、その後を継いだ書記官メートル・エティエンヌ・ゲロアの名まえは、どれも、たしかに、この物語の主軸になっていた。
バロ・パニという不思議な名まえが、ジプシー語の意味を見ると、彼が彼であることの意味が表れるし、あるいは、この物語にはおよそ関係のなさそうな書記官の交代もまた、やはりこの物語の中に組み込まれていたのだった。
すなわち、なぜ、それが書かれたのか、それが問題化していた。単なる記録だったはずのものが、記録をはみ出した言葉をつうじて、物語になる。
とはいえ、このとき、カイロの王女を名乗る盗賊の女が魅力的に描かれていなかったならば、面白くは読めなかっただろう。

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