ようこそ片隅へ・・・ ここは、文学の周縁と周辺を徘徊する場所。読書の記録と、文芸同人誌の編集雑記など。

2011年4月24日

届いたよ

「残雪研究」第三号をお願いしていたのだが、昨日届いた。

2011年4月11日

購入記録

今回は自重しなければならなかったはずだが、ネット上で知り合ったお方と、はじめてお会いしてともにBIGBOXの古書市に足を運び、すべての棚を並んで眺めていたら、結局、買ってしまった。

2011年4月10日

四次元の断面(甲賀三郎)


職場の本棚に上の本を見つけて、思わず借りて、何篇か読んでしまった。
このモダン都市文学のシリーズは、以前「モダンガールの誘惑」と「都市の周縁」を古書市で見つけて我が家にあり、前のブログではずいぶんとネタにしたのだった。

例えば、佐藤春夫の「指紋」はすでに読んでいたが、最後まで読んでしまったし、江戸川乱歩の「目羅博士」は途中でやめて、北林透馬「支那人街(なんきんがい)の娼婦(おんな)」を最後まで読み、コラムも全部読んで、それから甲賀三郎の「四次元の断面」を読んだのだ。
ほかにも、読みたい小説がいくつかある。

ちなみに、北林透馬は、コラムは面白かった(連載の部分だけだったけど)のに、小説の「支那人街の娼婦」はつまらなかった。

2011年4月2日

受贈本

下の本が届いていたのだった。
かねて、この誌は、光野公彦さんが送ってくださっていたのだが、なんと光野さんは休会されたとのことで、岩代明子さんのお名まえで届いた。ありがとうございます。
発行は「文芸同人tisso」。

乾燥腕(鶴川健吉)

ひさしぶりに読了したのが、第110回文學界新人賞受賞作、鶴川健吉「乾燥腕」。
今さら感が強い、ちょっと古いネタなのだけれど、縁あってコピーが手に入ったので、読んだのだ。

2011年3月22日

入手本

大層ひさしぶりに、自宅に帰ってみれば、案の定、地震の影響が出ていた。
といっても、例えばなにかが倒れていた、といったことはなく、崩壊したのは、本棚の上から落ちていたスピーカーと、やはり本棚の上に積み上げていて、散乱したCDのケースがいくばくか。
すなわち、地震災害でこうむった影響とは、それら、本棚の上から飛び散ったものども。

聞くところによると、ギチギチに詰め込まれた本棚は、その重さやそれぞれの本の振動が影響するのか、比較的に隙間の多い本棚などより倒壊率が低いとは聞いていたが、なるほど、そのとおりだった。

で、家に帰ると、郵便受けは溢れかえり、玄関が郵便物だらけ。
その中には、文芸思潮から、関東同人雑誌交流会のお誘いと、さらにはそこが開催するなんちゃら賞候補作のコピーなどもあった。ちなみに、「銀座線」からも候補に選ばれていた。

そして、下の二誌もまた届いていたのだった。

2011年3月2日

購入本2011/3/2

まったくもって、読まず書かず、いや、読めず書けずに、ダラダラと日々を過ごしている。
そうこうするうちに、またぞろBIGBOXの古書市がたってしまった。
この古書市は、どうにも陳列が適当というか、本の大きさだけを基準に並べているようにも、どこに何があるかわからないから、隅々まで見て回らないとすまない。じつは、昨日も立ち寄ったのだけど、約束があり、かぎられた時間だった。それでも、先の教訓があるから、ザッととはいえ、すべての棚に目をとおしたつもりで、今回は、目ぼしいものが見当たらないな、と思っていた。だけど、自分の視力にも自信がないから、結局、今日、端から端まで見回してきた。
そして、下の二冊を見つけてしまったのだった。
おやっ、手ブレがひどいな・・・。

2011年2月7日

鳥(色川武大)

「小さな部屋・明日泣く」の第6篇は、「鳥」というきわめて短い小説。きわめて短い小説なので、簡単に・・・。

内田百閒の「東京日記」を思い出しながら、読んでいた。
じつはその昔、旺文社の「冥途・旅順入城式」に出会って以来、内田百閒の小説は、見つけるたびに買い込んでいたのだけれど、彼の随筆は敬遠していて、ところが、小説より随筆のほうが圧倒的に多いひとのことだから、「東京日記」もそのタイトルからてっきり随筆だと思い込んで、長く手をつけずにいたのだった。それが、小説としって読んでみたら、これほど面白い小説もまたとなかった。

そして、「鳥」だけれど、そんな面白い小説を思い出させてくれるほどに面白い小説だった。面白い小説だったけれど、わからないといえば、わからない。


2011年2月6日

ワルキューレの光(日野啓三)

ふと、先日、高田馬場BIGBOXの古本市で買った、日野啓三「天窓のあるガレージ」を開いて、巻頭の「ワルキューレの光」を読んだ。

物語だけを見れば、ようするに、オーロラを見に行った私が、結局オーロラを見損ねるだけの話だ。いわば小説と言うより紀行文といえる。まして、日本人が、北欧の小さな街で、その国の文化と出会う、いや、日本人であることがそこではズレてしまうことからはじまり、その国の文化を垣間見る、いわば異文化遭遇のお話なのだから、まさに紀行的だ。
それでも、その異文化との出会いが、描写のなかで、描写として描かれるとき、それが小説になる。


2011年2月2日

ひとり博打(色川武大)

色川武大「小さな部屋・明日泣く」は、まだまだ続くのだった。

「ひとり博打」は、短篇の半生記だから、場面や出来事は乏しく、映像を見せてくれないさみしさがある。
だが、それがまるで私小説のように読ませる。いや、それは嘘だ。宙吊りの「私」がここにいる。宙吊りになっているのは、私たち(読者)だ。


2011年2月1日

購入本2011/2/1

BIGBOXは、毎月古本市を開いている。BIGBOX古書感謝市。
というわけで、4冊も買ってしまった。

2011年1月31日

走れ(うえのそら初)

「走れ」は、奈良県桜井市に発行所を置く「カム」という文芸同人誌のvol.7の巻頭作になったうえのそら初さんの作品だ。

じつは、しばらく前に読んでいたのだけれど、時間を置いたのは、手許に本がなかったから。
面白く読んで、記事にしたいとずっと思っていた。


2011年1月30日

穴(色川武大)

「小さな部屋・明日泣く」の第3篇は、「穴」という小説だ。

舞台は、戦時中、語り手「ぼく」は、中学校を無期停学中、元海軍兵の父は、家の床下に防空壕と称して、穴を掘り続けている。
無期停学になる「ぼく」の境涯、「ぼく」に対する母の誤解、空襲、だけど、それらを圧して、父が掘る「穴」がタイトルになる。それなら、この小説の要は、その父の行動だろうか? あるいは、父が掘る穴、その在りようが、この小説世界、あるいは「ぼく」を象徴しているということだろうか?

2011年1月29日

眠るなよスリーピイ(色川武大)

色川武大の「小さな部屋・明日泣く」を読みすすめている。言うまでもなく、面白いから読みすすめている。

2篇目の「眠るなよスリーピイ」は、いわば近未来SFの設定だ。SFと言えば、エンターテインメントだし、物語を見るなら、この小説はエンターテインメントだ。
だけど、「麻雀放浪記」をはじめとする阿佐田哲也の名まえでも有名な色川武大が、色川武大の名まえで書いた小説だ。エンターテインメントと純文学の違いを、作品を実際に書いてしっている色川武大が、純文学を、SFの設定に乗せて書いたのが「眠るなよスリーピイ」だ。そして、たしかに間違いなく、この小説は純文学だった。
たとえば、大江健三郎の「治療塔」や「治療塔惑星」、あるいは、安部公房の「人間そっくり」などが、そうであるように、SF作品だからと言って、エンターテインメントとはかぎらない。

入手本

ひさしぶりに家に帰ってみたら、色々と色々だったけど、郵便受けにメール便がひとつ入っていた。

難波田さん、感謝であります。


2011年1月25日

小さな部屋(色川武大)

色川武大の「小さな部屋・明日泣く」を開き、「没後10年目に発見された色川武大名義の幻の処女作」だという「小さな部屋」を読んだ。

小さな部屋が、自分の身体になっていく、自分の身体が部屋そのものであるその世界観、そして、さらにその身体感覚がより広がっていこうとすること、なんともおこがましくも、拙作のことなど思い出し、妙な共感のなかで、楽しんだ。
いやいや、そもそも、西條八十のエンターテインメント私小説を読んできたところで、文章を構築しようという意欲に満ちた、その硬質な文章を読むだけでも、快感がある。それは、なるほど幻の処女作昭和31年に書かれたという若書きの面も多分にあるだろう。硬質は、生硬さとも受け取れる。もしかしたら、「女妖記」のあとでなければ、その硬さ、若さを疎んだかもしれない。

それでも、やはり読まされる。

2011年1月24日

「女妖記」(西條八十)読了

「女妖記」の残り4篇を一気に読み終えてしまった。
読了の雑感から、この記事をはじめる。

「現実は小説よりも奇なり」という言葉がまかりとおっている。
もちろんそんなことはないのだけれど、例えば、「黒縮緬の女」にせよ、この「濹東の女」にせよ、小説として見たとき、いかにもありそうな、お話で、それが西條八十という著名人が現実に体験した出来事だったという保障があればこそ読ませる、という意味でも、小説(創作)と現実の境界線は、それを読むものの意識に、ある種の差別化をもたらしている。
それは私小説という言葉にしても、たぶんにそうした差別化の恩恵に浴しているだろう。
そのうえで、私小説をふくむ小説が、まして、幻想小説などとの奇想の小説ではなく、現実世界を舞台とした小説が、現実を凌駕できるとしたなら、それは文章によるしかないはずだ。

いやところが、かならずしも、そうではない。
そもそも「現実は小説よりも奇なり」というとき、なにが奇なのかと問えば、そこにある出来事とその連鎖としての物語のことにほかなるまい。そもそもそこには、文章を読むという体験は捨て置かれている。
物語と出来事をいかに書くか、という点で、小説は現実の先鋭化であるといってもいいかもしれないが、さらに、ここに人物(人間)という小説(文章)のパーツを考えたとき、例えば、この本で「女妖」と呼ばれる女性たちの魅力は、いわば現実の側にあり、物語、出来事のものかもしれない。そして、それを語る「ぼく」あるいは西條八十は、その語りようにおいて、小説の側にありそうだけれど、やはり、それが西條八十であることとあいまって、やはり物語の側にもたぶんに関係している。
それは、例えば、これまでの諸篇でも、私たちがよくしっている名まえや、よくはしらなくても、かつて有名だった名まえがたびたび書かれ、そうした名まえにたいする興味すら引き起こしているとおりだ。

すなわち、「濹東の女」といえば、西條八十のサービス精神は、永井荷風を召喚せずにいない。いや、そもそもそのタイトルがすでに、永井荷風を連想させるように書いている。

2011年1月23日

黒縮緬の女(西條八十)

「女妖記」はまだまだ続く。

「黒縮緬の女」もまた、西條八十若き日の出来事だ。それも、たった一日だけの女。

2011年1月22日

水戸の狂女(西條八十)

「女妖記」の面白さは、じつは、それが実在した女妖と、有名な詩人の情実だと言う、はたして、どこまで信じていいのかわからない保障によるのかもしれない。

「水戸の狂女」は、そのタイトルのとおり、やがて狂女となって、病院に入る水戸の芸妓の話だ。しかし、そこに表れる狂人の姿は、どこかで見たような、どこかで読んだような、凡庸きわまるもので、詩情もなにもない。
この一篇は、それが「女妖記」と名づけられていればこそ、彼女がその後狂女になったから、書かれたのかもしれない。もしかしたら、吉勇のように「ぼく」が情をつうじた女は、数知れなかったかもしれない。

それなのに、吉勇が病院に入って以降のほうが、面白くないのだ。やはり「ぼく」の在りようこそ、この本の魅力だと言っていい。
いや、かならずしもそうは言えない。女の魅力ももちろんある。ただ、今回は、彼女がやがて狂ったことが、要になっているようだけれど、それは彼女が「ぼく」と別れて後のことなら、まして、その様子が凡庸でもあれば、さして面白くもなく、それならいっそ、彼女のその後はもっと簡潔でよかったように思う。

2011年1月21日

李姿鏡(西條八十)

「李姿鏡」は、「女妖記」の5篇目にあたり、"李姿鏡"は、ひとの名、朝鮮人の女性の名だ。
「ぼく」は当初、その名まえに魅了されて、ふたりの関係ははじまる。
だけど、この章は、李姿鏡の魅力もさることながら、これまで読んできた諸篇を踏まえて、西條八十、あるいは「ぼく」への興味が湧いてきていて、それを読む楽しみがあった。
 今ならファンと呼ぶのだろう。若い頃、ぼくの抒情詩にあこがれて、手紙をよこす女性の数は実に多かった。その手紙の中で、特にこころに残ったものだけを、ぼくはなんとなしに、幾つもトランクに保存しておいた。
 日夏耿之介はよく「君が死んだら、そのラヴレターでぼくが張子の仏像をつくってやる。そして銘を入れて(色仏)と名をつけてやる」と冗談を言ったものである。ぼくは戦争中、疎開するとき、それを庭で焼いたが、時間がかかるのにおどろいた。
日夏耿之介の言葉としてだが、「色仏」などと書いて、いよいよ正直に本性を顕してきた気配がある。
日夏耿之介にそんなことを言われるほどに、「ぼく」の女癖の悪さは、有名だったのだろうし、それなら、こうした著作の執筆の依頼も、それを踏まえた編集者があったからではないか、とさえ思えてくる。